今回の書評
                                                    

   山井教雄 『まんが パレスチナ問題』 講談社現代新書、2005年  

   
   イスラエル、パレスチナ、その隣国レバノン、これらの地で日々起こる衝突・テロルが
  日本で報道されない日はないと言ってもいいくらい、現地の状況はひどいものです。な
  ぜ現在のような状態になったのか(もちろん直接の引き金を引いたのは第一次大戦中
  のイギリスの二枚舌外交ですが)、それをパレスチナ人の少年、ユダヤ人の少年、そし
  て1匹のネコが話し合い、ときにぶつかりながら、歴史を遡って明らかにしていきます。
  民族間の憎しみがいかに簡単につくられ膨らんでいくのか、著者が2人と1匹にそれを
  代弁させて章が進んでいくのです。「まんが」という体裁をとりながらも全くレベルを下げ
  ることなく、複雑なパレスチナ史を表現する著者には見事と言うほかありません。最後
  には読者をハッとさせるエピローグが待っています。      (2007年7月20日)



   上野景平 『化学反応はなぜおこるか』 講談社ブルーバックス、1993年 


   20刷以上の刷数を重ね長く化学の世界を解説してきたのが本書です。「化学反応」
  というと試験管などの実験器具や複雑な反応式が出てきてキライだという方も多いで
  しょう。しかし本書は「物質の正体」(2章)をおさえた上で、「れんげ草の秘密」(6章)、
  「伸びる杉の木と腐る朽木」(8章)、「生きものの秘密」(9章)などを章立てして、生物
  分野にも広がる化学の世界を紹介しています。また熱力学から生まれたエントロピー
  増大の法則
(物質界の乱雑さ(エントロピー)は増大する方向に向かう)にももちろん触れてあり、
  これは中学生から学ぶ必要があるのではないかと私は思っています。化学の世紀とい
  われた19世紀から脈々と発展してきた化学の知見、その基礎を学ぶのに優れた1冊
  です。                                  (2007年7月13日)



  井上隆史 『ポケット版 新シルクロード』 講談社+α文庫、2005年  


   現在、第2部が放送されているNHKスペシャル『新シルクロード』。その第1部を豊富
  なカラー写真と解説で1冊の書物にしたのが本書です。中国・西安に始まり、青海、敦
  煌、カシュガル、サマルカンド、そしてイランのベルセポリスまでの8000キロが紹介さ
  れています。歴史好きには何とも言えない趣があります。ただ第1部はシルクロードを
  文字通りの「道」としてだけ捉えすぎた感があり、その土地土地に生きた人々の顔が
  見えにくいという印象がありました。放送中の第2部は現代史や現在進行中の出来事
  を中心にまとめてあって
(たとえばチェチェン紛争、イエメンの出稼ぎ労働者、ブハラのユダヤ人問題)
  第1部とは異なった、人間の生が感じられる雰囲気になっています。両編ともそれぞれ
  の「おもしろさ」があって必見です。
                  (2007年7月6日)



  竹内薫 『物質をめぐる冒険 万有引力からホーキングまで』      
                         NHKブックス、2005年   
                                                

   モノ(物)からコト(事)へ、すなわち具体から抽象へ。「物質」を手がかりに物理学の
  歴史的展開をこのように表現する著者。手でさわれる日常レベルのモノを扱うのがニ
  ュートン力学とマクスウェル電磁気学であり、もはや人がさわれない素粒子レベルに踏
  み込んだのがアインシュタイン、そして今のところ理論上でしか成立しないホーキング
  の「超ひも理論」や「スピンネット理論」までを紹介、解釈して本書は閉じられています。
  宇宙とは何なのか、モノではなくてコトなのか、宇宙はどうやって始まったのか、こんな
  根源的な謎について改めて考えさせられる1冊です。     (2007年6月29日)






  山内昌之 『歴史の想像力』 岩波現代文庫、2001年   


   書評力と歴史学において匠の域にあるこの著者ですが、本書ではさまざまな短編エッ
  セイが書き綴られています。@歴史・文学論、A人物論、B史論、C民族関係論、D現
  代史論という章立てのなかで、専門のイスラム史に重点を置きながらも西洋史や日本史
  にも触れていて、短いエッセイがバランスよく収められています。「歴史はあまり好きじゃ
  ない」という方でも肩の力を抜いて読める内容になっているので、歴史への「想像力」を
  かきたてられることになるのではないでしょうか。          (2007年6月22日
)



  田中修 『ふしぎの植物学』 中公新書、2003年   
                                       

   「植物はとても人間的な生き物だ」、これが本書の最も伝えたいことでしょう。人間と
 同じように植物は汗をかいて体温を下げ
(蒸散というかたちで)、虹を目にし(発芽後も生きられる
 ように種は陽のあたる場所を選ぶ)
、そして病気にはなりたくないとも思っている(病原体に感染したら
 他の葉っぱに病原体に抵抗するようなタンパク質を作らせる)
。動けない宿命ゆえ、多くの芽をもつこ
 とで少しくらい動物に食べられても生き延びられるように頑張っている植物。植物たちの
 こんなけなげな姿と知恵を、本書は紹介してくれます。        
(2007年6月15日)